私は社会不安障害で長期間悩んでいました。

私は社会不安障害で長期間悩んでいました。

スポンサーリンク

 

社会不安障害という精神疾患をご存知でしょうか?

 

emotions 2764936 640 300x200 - 私は社会不安障害で長期間悩んでいました。

 

私は数年前まで、社会不安障害(SAD)という精神的な病気にかかっていました。複数名で話していると、他人の視線が気になって落ち着いて話すことができなくなり、赤面してしまったり、額から汗が吹き出ることもあって大変でした。
私がこの社会不安障害になったのは、20代前半の社会人になりたての頃だと記憶しています。
私は大学時代を東京で過ごした後、就職のために地元に戻り、老舗の広告代理店に入社しました。研修先は東京の大手広告代理店と合同で行ない、挨拶や名刺交換といった基本的マナーから、プレゼンテーションに向けた模擬テストなどが行なわれ、最終日にはTVキー局の番組スタジオ収録を見学し、華やかな業界の洗礼を受けていました。
服装もラフな恰好の方々が多く、私はこうした自由な雰囲気に憧れて、広告業界を志望していたので、これからの仕事が待ち遠しく、活躍している自分ばかりを想像しては、毎日を明るく楽しく過ごしていました。

夢にまで見た理想の職場は……

研修後、内定先である地元の会社での仕事がスタートし、自由な雰囲気は東京も地元も変わらず、やさしい先輩たちばかりで、しばらくは理想どおりの生活が続いていました。
ところが、正式に配属先が決まったあと、毎日の生活は理想からはどんどんかけ離れていきました。
直属の上司がとても厳しい人で、社内からも「あの人だけは気をつけた方がいい」「あの人だけは社内でも異質な人」との噂が飛び交う人でした。

部署にはその上司よりも年上の方も数名いましたが、自分が正しいと思ったことは年上でも関係なく、ズバズバとものを言う人で、いつでも私の部署だけが自由とは程遠く、朝から晩までピリピリとした雰囲気に包まれていました。
入社して1ヶ月ほどが経った頃、私にも少しずつ仕事が任されてきたのですが、ちょっとでも納期が遅れたり、その上司が思うような行動を取らないと、罵声や怒号を浴びることも増えていきました。

スポンサーリンク

もし、今の時代にこのように上司が部下に接していたら、「パワハラ」だと認定されてもなんら不思議ではありませんが、当時はそうしたワンマンや力づくのマネジメントがまだまかり通れる時代なのでした。
やがて私は怒られている最中、社内の他の人の視線が気になるようになっていき、恥ずかしさから赤面してしまうことが増えていき、やることすべてに自信がなくなっていきました。そして、ただ単にこの上司や他の人に話しかけられても恥ずかしくなってしまい、赤面症状が極端に増えていきました。

心を患った私の行く先は

しかし、社内であればまだしも、クライアントとの打合せでもこのような症状が続き、担当変えを申し出てくるクライアントも数社あり、私の評価は下がる一方でした。
さらに、赤面や体が熱くなることが万年化してくると、暑い日に体が勘違いしてしまい、気温のせいで赤面してしまうことも出てきて、どんどん私の症状は深刻化していきました。
ただ、このときは自分の対処の仕方や仕事の場数、怒られ慣れていなかったことなどが原因であり、次第に慣れれば治るだろうとたかをくくっていました。
しかし、それから何年もしても症状はまったく良くならず、特に初対面の人とすぐに打ち解けることはまずなく、私は苦痛の人生を歩むようになっていきました。

そして、それからまた数年が過ぎ、こうした症状が社会不安障害という病気の症状と似ていることを新聞記事で知り、私は治さなければ将来の仕事や生活に支障をきたしてしまうと感じ、地元の心療内科にしばらく通うようになりました。
病院では初日だけカウンセラーから話を聞いてもらいましたが、具体的なアドバイスはあまりなく、そこからパキシルといった薬物での治療がスタートしました。
薬物治療は効果が見られ、数年続けてはいましたが、後遺症などが心配となり、ある知人から教えてもらった腹式呼吸を毎日続け、薬を飲まなくても赤面症状を抑えられるように次第になっていきました。
今はまったく薬は使用しておらず、朝晩の腹式呼吸のみしか対処していませんが、続けること自体が自分の自信にもつながっていったようで、ほぼ治ったといっても過言ではありません。

病気カテゴリの最新記事