パニック障害の克服は自分の弱さを素直に受け入れることが大事だと気付いた話。

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今回は真面目語りです。

心の病というやつは厄介です。

外傷もなければ臓器などに異常がある訳でもない。

各種検査の数値がおかしくなることもない。

病気として目に見える部分があまりに少ないため、その殆どは自己申告とその時におきる症状を照らし合わせて当てはまりそうな病名を付けられるだけです。

はたから見たら思い込みに過ぎないと揶揄されることもしばしばかもしれません。

ですが実際に悩んでいる人はきっと多いんですよね。

なんでか分からないけど仕事に行きたくなくて泣けてきちゃったり

なんでか分からないけど周りに責め立てられているように感じて動けなくなったり

なんでか分からないけど何故ここにいるのか分からなくなったり

なんでか分からないけど生きているのがどうしようもなく申し訳なくなったり

そんな中でも、自分の状況を冷静に判断して立ち直ろうと努力している人も少なくありません。

投げやりになってしまった人も、自分の人生に悲観してしまった人も、まずは少しだけ一息ついて、今の自分の状況をそっと見直してみてください。

「過去や現状にとらわれず今の自分をありのまま受け入れる」ということは多分、病気とか環境とかにかかわらずきっと必要なことなんだと思います。

この方はきっと傷ついた分だけ自分を見つめ直す強さを手に入れたんだと思います。


あなたを苦しめるその悩みから逃げることは悪いことですか?

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私たちは生きていく上で大小様々な悩みを抱えます。それは社会活動をしている者でも、一人で部屋に閉じこもっている者でも同じです。我々は共通して悩みを抱え、ストレスと戦わなくてはなりません。

小さな悩みはやがて大きなストレスへと変わり、ストレスは我々の体を蝕みます。

私が抱えていた問題とはパニック障害(以下PD)とそれに伴う広場恐怖症です。

自分で評するのは非常に滑稽ですが、私は真面目で責任感の強い人間でした。

私には特別な才能や学がないことは自覚しているので、何か一つのことを完璧に成し遂げることなど不可能だと考えています。ですが、完璧にできないのなら少しでも完璧に近づけるよう努力をすることを惜しまない人間でした。

しかし、それは非常にストレスの溜まる行為です。

元々思いつめやすい性格で、自分の悩みや不安を他者に打ち明けることが苦手だったので、積もり積もったストレスが私の中で爆発したとき、何かが壊れてしまいました。

学生時代に就職活動をしていたいつも通りの帰り道、初めてパニックの発作を起こしました。

それからの学生生活はなんとか終えることはできましたが、就職はできませんでした。

成人式や卒業式のような人が多く、拘束時間が長い行事に耐えうる精神状態ではなかったので、適当な理由をつけて欠席し、初めての同窓会も欠席しました。

久々に帰ってきた親友たちにも「実はPDで、外に出るのが怖い」と本当のことを言うのは非常に恐ろしく、彼らに嘘をつかなければならなかったのは辛いことでした。

それからの毎日は苦痛の連続でした。

安心できると思っていた家の中でもいつ発作が起きるか分からない恐怖に四六時中付きまとわれ、実際に発作を起こすことや、常に不安を感じて酷い時は虚脱感に見舞われ、何もできなくなってしまうこともありました。

就職もせずに家においてもらっているのだから、せめて家事はやろうと思っていても、動悸が酷くて気分が悪かったり、突然息ができなくなるような感覚に襲われたりと、日常生活にも支障がありました。

自分を守るため、苦しい思いをしたくないがため、しばらく家の中に引きこもった結果、私は外出することが困難になってしまいました。

精神的にかなりゆとりが生まれ、パニックの発作は殆ど起きなくなったため、外出をしようと試みたことがあります。家からほんの二、三分の距離に書店があるのでそこに行こうとしました。

しかし家を離れて僅か数秒、強烈な不安感と恐怖感が私を支配し、いつもの息苦しさや動悸が始まり、家に帰ることを決断しました。

あの頃を振り返ると、PDそのものより広場恐怖症に悩んでいた時期の方が遥かに長かったです。

一年もすれば自分をコントロールする術を身に付け、家の中でパニックの発作は殆ど起きなくなりましたが、とにかく外に出ることに苦労しました。

ゴミを出すのに数メートル先の収集場に行く、近所の自動販売機を利用する程度には外出できましたが、具体的な指標を言えば視界から家が見えなくなる距離以上は不安感が強くなり、先に進むことが恐ろしくてできませんでした。

ですが、社会と関わっていく上で外出は必要なことです。

これ以上誰かに迷惑を掛けるわけにもいかないので、私はどうすれば克服できるのか思案した結果、暴露療法に出会いました。

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これはPTSDやPDなどの患者に用いられる治療法で、簡単に説明すると自分がトラウマに感じている場所・状況などに自ら踏み込むことで、こうした特定の条件とパニックの発作は関係ないということを理解し、少しずつ恐怖を克服していく方法です。

実際に行ったのは、まずは「近所の公園に行く」という目標の設定です。

近所というのは自転車で一分程の距離でしたが、始めたばかりの頃の私には非常に高いハードルでした。

初めは家を四、五軒分進んでは息苦しくなって引き返し、今度は六、七軒分と少しずつ進歩しましたが、健康だった頃と比べると恐ろしく程度の低い達成感で、その頃の自分と比較して落ち込んでしまう自分がいました。

今だから言えることですが、過去と比較することに意味などないことを知ってほしいと、私は実体験から皆さんにお伝えしたいと思います。

過去は過去で、それに追いつくことに何の意味もなく、大切なのは現在の進歩です。あの頃はこんなこと簡単にできたのに、と思うことは自分自身をより惨めにしてしまう行為なので、絶対にしてはいけません。

それとPDや広場恐怖症を否定するのではなく受け入れることです。

スポーツにはイップスという心の病気があり、例えば野球で死球を当てた投手がその事柄をトラウマに感じ、それ以降打者の内角を攻めることができず、特別な才能を持っていた投手でも凡庸な投手になってしまうことがあります。

イップスにかかった選手はそれを否定するのではなく受け入れて、向き合うことだけが唯一の治療と聞きます。私が抱えていた問題も同じことが言えるでしょう。

今の自分は広場恐怖症で、これしかできませんと認めることで、私は気持ちが楽になりました。

結局、否定したところで症状は改善しません。受け入れ、向き合うことは逃げることではなく、強さと言えるでしょう。

自分の弱さを認める強さ

過去の自分と決別し、現状を受け入れることで私は新しい自分になりました。

できたことを再びできるようにしたい、というのではなく、できないことをできるようにしたいと考えるようにしてからは外出できる距離が飛躍的に伸びました。

ここで大切なのは、記録をつけることです。

私が実際に行ったのは「家を出る際の体調」「出てからの動悸、息苦しさの有無」「どこまで行けたか」ということを記録し、一週間単位で設定した目標に対して今週はどれくらいできたのかを書いていました。

そこには極力ネガティブなことを書かないようにし、「少し気分が悪かったけどここまで行けた」「目標に対してここまで上回ることができた」のような自分を肯定するようなことを記載することで、できたことに対して自信を持つことが大切です。

外に出てもパニックの発作が起きないということは自信に繋がり、日常生活をより安定して送ることができるようになりました。

もちろん全てが順風満帆にいくとは限りません。

失敗もしましたし、後退もしました。それでも乗り越えたい、社会に戻りたいと強く願い、いつしか近所に買い物に行けるようになり、周囲の人や時には薬にも頼ることで私は復活を遂げました。

ここまでおよそ三年要しました。とても長い年月です。

履歴書に空白期間を作ってしまいましたし、外に出ることができないことから友人の誘いを尽く断った結果、友人を数人失いました。

払った代償はとてつもなく大きなものですが、それでも私は人生に絶望し、どん底を這いつくばって生きていた地獄のような日々から抜け出すことができました。

私が病気と真剣に向き合おうと決めたのは、PDを抱えながらも活躍を続けるあるプロスポーツ選手の記事を読んでからです。

その方がPDだったことは元々知っていましたが、どうしてそうなったのか、それでもプロとして活躍するためにどうしてきたのかを知り、考え方が変わりました。
私は自分では認めていなくても完璧主義者だったのかもしれません。

上手くやろうと思いつめた結果完璧を追い求め、自分自身を追い詰めていたのでしょう。

真面目であることを否定したくはありませんが、私が過ごした三年間で肩の力を抜くことや楽天的になることを学びました。

時には良い意味での適当で着地すること、助けを求めれば周囲の人の力を借りることができることを知ってからは、以前より気持ちが軽くなりました。

精神疾患は打撲や骨折といった怪我とは違い、完治はしないと言います。
安静にしたからといって、薬を飲んだからといって治るものでもありませんし、医師に診断を受けたから治るものでもありません。

当然、専門家の指導を受けて必要ならば薬に頼ることも大切ですが、最終的には自分自身の意思が重要になります。

私の場合は過去と比較せず、現状を受け入れ、完璧を追い求めない。

たったこれだけのことですが、自分を変えるということは難しいことでした。

逆に言えばそれだけのことで改善することができます。それに気がつくまでに時間を要してしまうかもしれませんが、私と同じ問題で悩んでいる方には自分を守ることよりも、今の自分を受け入れることを強く勧めます。

先程も述べましたが、過去の自分から逃げることは弱さではありません。受け入れられる強い気持ちがあれば、きっと改善することができるでしょう。


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