境界性人格障害と診断されて

繰り返すリストカット

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始まりは14歳のことでした。

期末試験を翌日に控えていたある日、自分はなぜこの問題を解けないのだろうと壁にぶち当たりました。

頭の悪い自分なんていなくなればいい。そう思った時カミソリが目に入り、気がつくと自分の左手首を切っていました。

それからというものの、リストカットは常習化し、なにかイライラすることがあれば手首や腕を切りつけるようになりました。幸い冬なので長袖を着ていて周りにはバレませんでしたが、両腕の表も裏も傷だらけになりました。

中学3年生になると教室に行くことさえできなくなり、保健室登校になりました。

高校は初めは全日制の高校に行きましたが、いくつか友達グループが出来上がってる中で、私はどのグループに所属するか決めきれずにいじめの対象となり、いじめられて不登校になりました。

半年ほどで自主退学をし、2年ニートを経験しました。

その後、通信制の高校に通い始めましたが、リストカットもやめられず、オーバードーズ(OD)と呼ばれる精神科で処方された薬の大量服薬を何度もして3日間も意識朦朧とし寝たきりになりました。

その後もオーバードーズをはじめとする自殺未遂行動を繰り返し、自らを傷つける行動はエスカレートしていきました。

その頃は親や周りの人間が助けようとしてくれてるにも関わらず、拒否し続けました。

ただただ、生きていることが苦痛でした。

20代になり、新たな目標ができ専門学校へ行きましたが、その間も病状は悪化していく一方で、周りの人間を巻き込んで傷つけたり、自らを破壊しそうなほどに傷つける行為はひどくなっていきました。

症状が出ていた時期のことは、今はぼんやりとしか思い出せません。思い出そうとすると、もやがかかったようになってしまい、うまく思い出せないのです。

専門学校をなんとか卒業したあとは、音楽の仕事につきました。

他の人よりも神経が過敏だったこともあり、作詞などの能力を発揮しました。自分自身で歌い、ステージに立ち評価される日々は、私と私の抱える病には合っている気がしました。

6年ほど音楽をやったあと、気がつくと境界性人格障害は影を潜め、年齢とともに薄くなっていき、今では結婚して専業主婦としてそこそこ幸せな日々を送っています。病気の日々は辛かったですが…。

諦めなければ、生きてさえいれば、きっと人生どうにかなるのだと思います。

どんなに辛い日々でも、生きていてよかったと思える日がくると、ありきたりな表現ですがそう思います。

私の体験談が誰かの参考になれば?

境界性人格障害は、年齢とともに良くなっていく病気だと言われています。

境界性人格障害とひとくくりにしても、人によって症状は違うので簡単には言えませんが、きっと何かきっかけがあればよくなっていくものなのだと思います。

私の場合は、精神科の主治医とカウンセラーの存在がとても大きかったように思います。

10代の頃に通っていた精神科では、「思春期が影響しているのだろう」というくらいにしか診断してもらえず、主治医との相性はあまりよくありませんでした。

20歳になる頃に病院を移ったことがきっかけで今の主治医と出会い、今の主治医は私を見守り続けてくれました。

私がどれだけ自分自身を傷つけても、その度に悲しみながらも、私のことを諦めずに応援し続け、適切な薬を処方してくれました。

精神科の受診に対して抵抗があったり、薬へ対する間違った知識が蔓延していますが、自分が信頼できるお医者さんやカウンセラーに出会えれば大丈夫です。

すぐには結果が出ずに焦るかもしれませんが、絶対に大丈夫です。

とにかく根気よく、自分の病気をしっかり理解して向き合っていけば、光は見えてきます。自分以外に誰か、自分を諦めないでいてくれる存在は大きいです。

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